もう一つの衣服、ホームウエア 家で着るアパレル史
著 者:武田尚子
出版社:みすず書房
ISBN13:978-4-622-08997-1

「居場所」であり「自分自身」である衣服

図書館発!こんな本が面白い【書評提供:図書館流通センター(TRC)】

石岡薫 / TRC仕入部
週刊読書人2021年5月7日号


 新型コロナウイルスは、人々の生活のあらゆる部分に影響を及ぼしたが、家で過ごす時間が増えたことで、改めて洋服、特に部屋着(ホームウエア)に対する意識の変化が人々の間に芽生えつつある。主に寝間着としての役割から、宅配便の受け取りや近所のコンビニまでなら出かけられるワンマイルウエアとして、さらにはリモートワーク中にオンラインで見られても恥ずかしくない仕事着として、まさに新しいライフスタイルの重要なアイテムとして、部屋着は歴史的転換点にいるのかもしれない。

 本書は、外着でもあり下着でもある「ホームウエア」が、日本の服飾史の中でどのように位置づけられ、発展してきたかを紐解いた、ほかに類をみない文化史である。著者はまず海外のコルセットに代表される鎧のような衣服の束縛からの解放を語り、パジャマやネグリジェの歴史、ワコールやジェラート・ピケといった昭和から令和にいたる名だたる有名ブランドの歴史と取り組み、ホームウエアが睡眠にもたらす影響、コットンやナイロン等の素材についてまで、多様な視点から考察し紹介していく。特に各ブランドの工夫の様子や誕生秘話などは、なかなか知る機会もない貴重な資料であり興味深いものだった。そして、読み進める間、百貨店で主にホームウエアを扱うリビング・生活雑貨フロアの華やかな様子を自然と思い浮かべていたのは面白いことだった。

 また、本書は衣服の面から見た日本人の生活史でもあり、戦後の日本産業史の一面も備えている。緊急事態宣言に伴う百貨店の休業や人々の家計における被服費の減少などにより、アパレル業界の売り上げ不振は深刻で、これまで一世を風靡したブランドやセレクトショップの撤退などが連日ニュースになっている。しかし、国内メーカーのファストファッションの売り上げは好調という業界を取り巻くアンバランスさ、そして安価なファッションが世界の誰かの犠牲の上に成り立っているという「隠れた事実」も見えてくる。

 ホームウエアのホームは、文字通りの「家」にとどまらず、その人の「居場所」を示すものであり、それは「自分自身」であるとも言える。誰もが新しい生き方を模索せざるを得ない今、自分自身を見つめ、そして解放するための温もりに満ちた心地いい相棒として「もうひとつの衣服」、ホームウエアをもう一度見直してみたいと思う。まずは着古したTシャツから脱却して、着ていて気分の上がるホームウエアを新調するところから始めてみようか。