踊る熊たち 冷戦後の体制転換にもがく人々
著 者:ヴィトルト・シャブウォフスキ
出版社:白水社
ISBN13:978-4-560-09823-3

郷愁

図書館発!こんな本が面白い【書評提供:図書館流通センター(TRC)】

山崎美智子 / TRCデータ部
週刊読書人2021年5月7日号


 タイトルの「踊る熊」とは、ロマの人たちが街頭で行なっていた見世物のことです。熊たちは音楽に合わせて踊り、有名人のものまねやマッサージなどの芸をしていました。2007年のEU加盟を機に、ブルガリアでは踊る熊は非合法となります。同年6月、最後の3頭の熊が保護されたことにより、ヨーロッパの踊る熊の伝統は終焉を迎えました。

 保護された熊たちは、熊本来の姿を取り戻すための訓練を受けます。自由な熊はどのように行動すべきなのか、自分の将来を得るためにいかに努力をし、食糧を獲得して、冬眠し交尾をするのかを教えられるのです。それはまるで「自由の実験場」のよう。けれどもこれまで一度も自由の身になったことがなく、20年以上もの間支配される側として生きてきた熊たちにとって、自由はとても複雑で、かつ痛みを伴うものでした。自由であることがあまりにもつらくなるとき、熊たちは再び踊りだします。奴隷の振る舞いを再現し、自分の生活の責任を取ってくれる人間を求めるように。自分の生活に自分自身で対処しなければならない状況に、耐えられないかのように。

 図書の後半では、キューバやポーランド、アルバニアなど、9カ国の人たちの思いが語られます。どの人も、共産主義体制の崩壊後、急激な変化に見舞われた国の人たちです。カストロへの愛を語り、不平等を嘆く人。以前は存在しなかった失業に直面する人。スターリンを心の支えに今も生きる人。EU加盟と資本主義の浸透を望む人や、密輸で暮らしを立てる人もいれば、国外からの観光客を呼び込むためテーマパーク化を試みる村もあります。共産主義時代をほとんど覚えていない若い世代の母親は、息子に英語を習わせ、アメリカ式の成功の法則を教えます。一方、EUから緊縮財政を求められ大幅な給与削減や増税が行われたギリシャでは、若者たちが資本主義を一掃することと、共産主義が到来することを夢みています。

 人間を熊になぞらえるように、前半と後半は同じ章立てで構成されています。ただし後半には、前半にある「結末」の章はありません。前半の結末では、保護された最後の熊ミショの様子が語られていました。ミショはもう熊本来の餌を食べることも、冬眠することもできます。それでもやはりなお、自然のなかで、野生の熊として生きていくことはできません。

 原書が刊行されたのは2014年。その後も世界は大きく変りました。社会が急速に変化するとき、変化の波にうまく乗れる人もいれば、翻弄され、取り残されてしまう人もいます。そのどちら側になるのか、必ずしも選べるとはかぎりません。私たちの誰もがみな、踊る熊になる可能性はあるのです。