ブルデューの教育社会学理論
著 者:小澤浩明
出版社:学文社
ISBN13:978-4-7620-3049-9

脱「文化的再生産論」の理論構想

体系性と独自性のある議論を展開

磯直樹 / 日本学術振興会特別研究員・慶應義塾大学訪問研究員・社会学
週刊読書人2021年5月21日号


 本書は、一九九〇年代以降の日本の教育社会学で教科書的知識として人口に膾炙したブルデュー解釈を根底から覆すという、大胆な試みである。これは著者が大学院生の頃から30年ほどかけて取り組んだ研究の成果であるが、それだけの時間が必要だったと思わせる労作である。

 本書で探究される課題は冒頭に述べられている。ブルデューの「社会学理論を『教育システムと社会階級・社会秩序の再生産と変革』という視角から再構成したものを『教育社会学理論』として定式化し、その地平の成立・展開・発展の過程を分析することで、その理論的射程と意義を確定すること」、である(2頁)。本書では、ブルデュー社会学が「権力と正統性の一般人間学」として提示されるが、著者によれば、それは「さまざまな人間の慣習行為(pratique)を〈権力と正統性〉の視点から分析する社会学理論」である(2頁)。このような課題を扱う本書において、主要な批判対象は「文化的再生産論」である。より正確には、ブルデュー社会学をそのような学説として解釈する立場に対する徹底的な批判が、本書では展開される。

 本書は、序章と終章を含めると、8章で構成されている。序章に続く1章から第3章までは、ブルデューの教育社会学理論とはどういうものであり、それはどのように形成されたのかという問題が論じられている。第4章では、ブルデューの教育社会学理論が「合理的教育学」を支持し、再生産論を乗り越える試みであったことが論じられている。ここで主にイギリスと日本でのブルデュー受容が批判的に検討され、バーンスティンとブルデューの理論的統合の可能性が示唆される。第5章では、ブルデューの教育社会学理論とは社会事象を分析するに留まらず、ネオ・リベラリズムを批判し、新たな社会構想をも行うための知的営為であるという解釈が示される。終章は、以上の議論のまとめであり、続く「付論」にて本書全体に関わるブルデューの認識論が扱われている。

 以上が本書の概要であるが、ブルデュー研究としての特徴は三点ある。その一つ目は、理論に焦点を当てた研究であって、ブルデューの社会調査との関わりやフランスの社会的背景との関連はほぼ検討対象になっていないことである。二つ目は、ブルデューの著作以外の先行研究への言及が日本語文献に偏っており、バーンスティンを除けば、日本におけるブルデュー受容が主たる先行研究群になっていることである。三つ目は、以上の二点と関連するのだが、ブルデュー社会学を「文化的再生産論」とする立場を徹底的に批判することで、著者の再構成による「ブルデューの教育社会学理論」を提示していることである。

 こうした本書の特徴は、著者が議論の射程と方向性を意識的に限定しているということでもある。著者の企図に内在して本書を読むならば、著者はブルデューの著作と関連する先行研究を大変丁寧に読み解きながら体系性と独自性のある議論を展開していると言えよう。ただし、ブルデュー社会学における経験的問題と規範的問題を直接的に結び付けている点については、ブルデュー研究者の間で評価が分かれる点だろう。また、外国の先行研究への言及が少ないのは気になる点である。とはいえ、本書は総じて優れたブルデュー研究であり、ブルデューないしは日本の教育社会学に関心のある人にはぜひとも読んでいただきたい一冊である。(いそ・なおき=日本学術振興会特別研究員・慶應義塾大学訪問研究員・社会学)

★おざわ・ひろあき
=東洋大学社会学部教授・社会学。一橋大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。共著に『豊かさの底辺に生きる 学校システムと弱者の再生産』、共訳書にブルデュー『遺産相続者たち』など。一九六五年生。