カラー版 世界書店紀行 本は友を呼び 未来を拓く
著 者:金彦鎬(著)/舘野晳(監修)
出版社:出版メディアパル
ISBN13:978-4-902251-60-9

個性的な書店、本の力への確信

文章が主役、地域との関わりやイベントにも着目

南陀楼綾繁 / 編集者・ライター
週刊読書人2021年6月4日号


 海外の書店を紹介する本は日本でも何冊か出ているが、本書『世界書店紀行』の印象はそれらとはかなり異なる。日本で出たものがビジュアルを前面に出し、多くの書店を駆け足で紹介するガイド本なのに対して、本書にも写真は多いが、あくまでも主役は文章。一店につき平均四〇〇〇字を費やしている。

 たとえば、「地上で最も美しい書店」と讃えられるオランダ・マーストリヒトの〈ドミニカネン書店〉については、教会を転用した店舗の印象からはじめ、リノベーションの経緯、店内でのイベントなどについて書く。

 ジェレミー・マーサー『シェイクスピア&カンパニー書店の優しき日々』(河出文庫)でも知られるパリの〈シェイクスピア&カンパニー〉では、膨大な本が並ぶ「無秩序であるがゆえの驚くべき秩序」に感動し、創業から現在までの歴史を振り返る。そして、同店の店主ジョージ・ホイットマンが貧しい読書人を店に滞在させたエピソードを紹介する。

 著者の金彦鎬(キム・オノ)は、新聞記者を経て一九七六年に人文書を中心とする出版社「ハンギル社」を創業。欧米の人文書の翻訳出版も多く手がける。二〇〇五年には「東アジア出版人会議」を設立し、各国の出版人と交流を深めてきた。その著者が三〇年以上にわたり訪ねた世界の書店のうち、一〇か国・二四の書店と書店街について書いたのが本書だ。写真も著者自身が撮影したものだという。

 取り上げているのは、ベストセラー重視の大書店ではなく、小さくても個性のある新刊書店や古書店だ。日本の書店では子どもの本の〈クレヨンハウス〉と洋書販売の〈北沢書店〉が取り上げられている。

 大都市の著名書店だけでなく、特色を持つ地方の書店にも着目している。イギリス北東部にある〈バーター・ブックス〉は、廃線となった駅舎を利用した、持ち込んだ本を店内の本と物々交換する書店だ。また、アメリカ・マサチューセッツ州の〈ブック・ミル〉は製粉所として使われていた一九世紀の建物を利用した森の中の本屋。地域の人が集まる場所となり、近くにカフェやレストランもできた。「書店が地域を美しくする」と、著者は述べる。

 中国の書店グループ〈先鋒(シエンフオン)書店〉が浙江省にオープンした〈平民書局〉は、海抜九〇〇メートルの村にあり、人文書や芸術書が並ぶ。著者は、全国から人が集まり、本を読みながら村で過ごす「ブック・ツーリズム」が地域おこしにもつながると評価する。その先駆として、イギリスのヘイ・オン・ワイの「古書の村」も紹介されている。

 著者が地域と本の関わりに着目するのは、ソウル郊外の坡州(パジユ)出版都市に会社を移し、坡州市にある芸術村ヘイリに〈ハンギル・ブックハウス〉を開設したという、自らの取り組みがあるからだろう。本書ではブックハウスのほか、ハンギル社の出版物を並べるソウルの〈巡和洞天(スンフアドンチヨン)〉も紹介している。

 しかし、どんな理念を持つ書店でも、経営を成り立たせなければ継続できない。Amazonや電子書籍にはない、紙の本を置く店舗ならではのイベントや空間づくり、存続のためのクラウドファンディングにも著者は注目する。

 一九六一年、軍事独裁政権が成立した韓国・釜山で、高校生の著者は宝水洞(ポスドン)書店街に通い、出版人への一歩を踏み出した。それから六〇年、世界の書店を訪れた著者は原点であるこの地を再訪し、次のような感慨を抱く。

「一冊の本は刊行されると、著者や本をつくった出版人とは関係なしに、文学的・社会的存在となる。自由に流通され、新たに解釈され、時代を振動させる精神の力となるという事実に、私は今更のように驚かされるのだ」

 書店や本の力についてのこうした確信に、私は強い共感を持つ。(山田智子・宗実麻美・水谷幸惠訳)(なんだろう・あやしげ=編集者・ライター)

★キム・オノ
=図書出版ハンギル社代表。東亜日報社に記者として勤務後、ハンギル社を創立。「韓国出版人会議」会長、「東アジア出版人会議」会長などを務めた。

★たての・あきら=韓国関係の出版物の翻訳・執筆に従事。著書に『韓国式発想法』、編著に『韓国の暮らしと文化を知るための70章』など。