虚像培養芸術論 アートとテレビジョンの想像力
著 者:松井茂
出版社:フィルムアート社
ISBN13:978-4-8459-2030-3

美術史の切断面を浮き彫りに

芸術家たちのメディア論的想像力覚醒の過程

飯田豊 / 立命館大学准教授・メディア論
週刊読書人2021年6月4日号


 各章が互いに独立した批評集として編まれているが、美術批評家の東野芳明(一九三〇―二〇〇五)、建築家の磯崎新(一九三一―)、演出家・脚本家の今野勉(一九三六―)の三名を中心とする群像劇として読める。舞台は一九六〇年代の東京だが、たびたび大阪万博に場面転換する。

 第一部「虚像培養芸術論」の主役は、一九六八年に『アメリカ『虚像培養国誌』』を著した東野である。「虚像培養」とはimage cultureの訳語であり、東野は六〇年代、ポップ・アートを「テレビっ子」の生んだ美術と評していたという。つまり当時の美術家たちは、イメージの作り手であるよりも先に、誰もがマスメディアの圧倒的な受け手であって、このことは作品の主題を選択する意味批判能力(セミオ・リテラシー)に大きく影響する。それは必然的に従来の芸術学や芸術史の論理と一線を画すことになり、むしろ市民の日常生活批判能力(メディア・リテラシー)に近接していく――。このように松井が敷衍する東野の視座は、今では当たり前のことのように思えるものの、当時はきわめて特殊な立場であった。

 松井はまた、TBSの美術ドキュメンタリー番組《アトリエを訪ねて》(一九七三―七六年)出演時の高松次郎のふるまいに注目している。なぜか。テレビに代表されるマスメディアの進展を通じて、戦後日本の美術家が新しいメディア・リテラシーに覚醒したことで、作品概念や作家像が倒錯的に変化した過程を考察するためである。本書全体にいえることだが、このような小さな手がかりから、まるで探偵の謎解きのように推察を重ね、美術史の切断面を浮き彫りにしようとする手並みが鮮やかだ。

 第二部「アーティスト・アーキテクトの時代」の主役は、多くの美術家とも深く関わってきた磯崎新である。大阪万博の《お祭り広場・諸装置》、ほぼ同時期に構想された《コンピューター・エイディド・シティ》などのプロジェクトを手がかりに、松井が繰り返し強調するのは、情報産業が都市の見えない社会基盤(インフラストラクチャー)を形成しつつあると見抜いていた磯崎が、都市を建築(=ハードウェア)の集合体ではなく、ハプニングやイベントなどの出来事(=ソフトウェア)の集合体として捉えていた点である。

 こうしたプロジェクトが当時から現在まで一体どのように語られて(騙られて)きたか、松井は資料の精査を通じて明らかにしている。展覧会のキュレーションなどを通じて、これまで何度も磯崎自身と協働しているにもかかわらず、本人への聞き取りには依拠していない。むしろ誤読を恐れず、磯崎を徒に神秘化しない(翻弄されない)ことに細心の注意を払っている。

 第三部「アートとテレビジョンの想像力」の主役は、テレビに固有の可能性を探究してきた今野勉である。TBS闘争を契機として、萩元晴彦、村木良彦とともに『お前はただの現在にすぎないテレビになにが可能か』を著したのが一九六九年。今野はこの頃、磯崎と同じく、様々な芸術表現に携わる人びとと交流することで、インターメディア的な想像力を発揮し、大阪万博では萩元とともに電気通信館のプロデューサーを務めた(開幕直前に降板)。

 テレビをめぐる事象を「日常」として再編する思索を重ねていた今野の軌跡を辿る上でも、ハプニングという概念は重要な補助線になる。したがって、今野が探究した「思想としてのテレビ」は、未完に終わった東野の「テレビ環境論」のみならず、磯崎の「見えない都市」とも深く交錯する。

 ところで、日本で「メディア論」といえば、カナダのトロント学派、ドイツのフランクフルト学派、イギリスのバーミンガム学派といった知的潮流が渾然一体に混ざりあった学問として理解され、アメリカの機能主義的な「マス・コミュニケーション研究」と対置されることが多い。しかし本書では、一九五〇年代に清水幾太郎、南博、日高六郎らが社会心理学の観点から「マス・コミュニケーション」について論じたことが、当時の芸術表現や情報流通のあり方に大きな刺激を与え、さらに六〇年代にはマーシャル・マクルーハンの影響も相まって、芸術家たちのメディア論的想像力の覚醒につながっていった過程が、説得的に跡づけられている。「マス・コミュニケーション研究」と「メディア論」のあいだに横たわる教科書的な二項対立を解除し、相互のミッシングリンクを描く上でも、本書の議論は示唆に富んでいる。(いいだ・ゆたか=立命館大学准教授・メディア論)

★まつい・しげる
=詩人・情報科学芸術大学院大学[IAMAS]准教授。共編に『虚像の時代東野芳明美術批評選』、共著に『キュレーションの現在』『テレビ・ドキュメンタリーを創った人々』、キュレーションに「磯崎新12×5=60」「磯崎新の謎」など。一九七五年生。