夢遊病者と消えた霊能者の奇妙な事件 上
著 者:リサ・タトル
出版社:新紀元社
ISBN13:978-4-7753-1856-0

挑戦と再起の物語

一九世紀末ロンドンの新たな諮問探偵×助手

杉江松恋 / 書評家
週刊読書人2021年6月11日号


 シャーロック・ホームズが活躍した一九世紀末ロンドン。そこに諮問探偵と助手の新たなコンビを登場させたのが、リサ・タトル『夢遊病者と消えた霊能者の奇妙な事件』である。

 失職して生活の危機に瀕した〈わたし〉ことミス・レーンが、「求む、諮問探偵の助手」という風変わりな求人の貼り紙を見て応募することから物語は始まる。固定給はなく報酬は歩合制、ただし衣食住は保証、という条件は魅力的なものだった。こうして新しい生活が始まるのだが、肝腎の仕事依頼がまったく来ず、雇い主であるジャスパー・ジェスパーソンの母親が借金をして生活を支えている、という実態がすぐに判明する。探偵としての資質は抜群だが抜けたところのあるジェスパーソンと、助手ながら当の探偵以上にしっかりしているミス・レーンという組み合わせなのだ。ジェスパーソンが諮問探偵を名乗ったのは先輩であるホームズに憧れての行為と思われる節があり、そのへんがどうにも子供っぽい。

 やがて、窮余の策が功を奏して念願の依頼人が見つかる。アーサー・クリーヴィーという紳士が夢遊病の症状を呈して妻を不安がらせているというのだ。この現象の謎を探っているうちに、ミス・レーンの元のパートナーであるガブリエル・フォックスが登場し、物語は複線化する。フォックスは心霊現象研究会(SPR)の調査員なのだが、小道具を使った偽の交霊会などに加担していた。そのことを知ったためにミス・レーンは袂を分かったのだ。ジェスパーソンの住居兼事務所を訪れたフォックスは、霊能者が次々と不可解な形で失踪する事件が起きていることをミス・レーンに告げる。その謎も解かなければならない。

 本書の作者であるリサ・タトルは、フェミニズム研究家としても知られるSF・ホラー作家である。これまでに訳された長篇はジョージ・R・R・マーティンとの共著『翼人の掟』(集英社)のみだが、すでに半世紀近い執筆歴がある。注目すべきはヤングアダルトも多く手掛けていることで、本書にもそうした色合いがある。怪事件に関わる中で主人公が自身の中に眠る才能に気づき、それを開花させていく物語でもあるのだ。

 ミス・レーンがフォックスの元を去ったのは、欺瞞が許せなかったからである。SPRは実在の団体で、心霊現象の研究を通じて世界の謎を解明しようという壮大な理念を持っていた。ミス・レーンもそうした純粋な科学的探究心によって衝き動かされていたのである。いったんは理想を裏切られた彼女だが、ジェスパーソンという新たな相棒を得たことで再起する。女性の権利が著しく制限されていた時代が舞台であり、心霊研究と探偵業という二つの奇策によって独立を果たすという、社会への挑戦の物語として読むことも可能だろう。自身ではあまり言及しようとしないが、ミス・レーンのファースト・ネームはアフロディーテ、ギリシャ神話における美の象徴だが、数々の戦を引き起こした張本人の神の名である。

〈探偵ジェスパーソン&レーン〉の物語は先行してアンソロジー『幻想と怪奇1 ヴィクトリアン・ワンダーランド 英國奇想博覧會』(新紀元社)に短篇「贖罪物の奇妙な事件」が掲載されており、そちらが実質的な第一話である。また、本書の後日譚にあたる長篇がすでに本国では発表されている。本書の終わり方から見て、ミス・レーンの成長物語という性格が続篇ではさらに強化されるものと思われる。与えられた力を使い、世界とどう戦うのか。(金井真弓訳)(すぎえ・まつこい=書評家)

★リサ・タトル
=米国のSF作家・フェミニズム研究家。著書にG・R・R・マーティンとの共著『翼人の掟』(ローカス賞)など。一九四〇年生。