ぼくにはこれしかなかった。
著 者:早坂大輔
出版社:木楽舎
ISBN13:978-4-86324-151-0

いろいろな読み方ができる本屋の本

自分の店を持ち、人間らしく生きたいすべての人へ

和氣正幸 / 本屋ライター・「BOOKSHOP LOVER」主宰・「BOOKSHOP TRAVELLER」管理人
週刊読書人2021年6月11日号


 二〇一九年九月、はじめて盛岡の地に降り立った僕はこれからの取材を前に胸の高まりを抑えられなかった。BOOK NERD。SNSでその存在を知ってからどうしても行きたかった本屋だ。Instagramでの本への愛に満ちた紹介文や二〇一八年秋に開催されたMORIOKA BOOK CAMPの主催者であることなどを事前に知っていたこともあり、本屋ライターとして盛岡という地から何を思い店を始めたのか、ぜひ知りたかったのだ。話を聴いてみた結果は拙著『続 日本の小さな本屋さん』に収録されている。

 本書はそんなBOOK NERDの店主・早坂大輔さんが自身の半生を書いた一冊だ。取材と重複することもあったがそれ以上に読んでいてこんな人だったのかと驚かされることのほうが多かった。注目なのはその語り口だ。村上春樹のような翻訳文学のような文体が、どこか諦めや寂しさを感じさせるタイトルとよくマッチしている。

 学生時代に文化の洗礼を受けながらも、自分が何になれるかも分からず、会社員となり広告営業に勤しむ毎日。嫌気が差して独立、いちおうの成功を手にするがふと思う。「これが本当に自分のやりたかったことなのか」。紆余曲折を経て本屋になることを決意した。そうして〝とてつもなくヘヴィで曲がりくねった道〟に足を踏み入れ、いまなおその場所で足搔いている。本書のあらすじだ。

 いろいろな読み方ができる本だと思う。例えば僕は読みながらあり得たかもしれない自分の人生を振り返っているような錯覚に陥った。僕もしがないサラリーマンから独立した人間の一人だからだ。僕の場合は就職直後から独立を考えて行動していた分、著者よりも独立までの道は早かったかもしれないが、いざ退職を決めたときはそれはもう怖かった。稼ぎ口こそ確保していたもののいつまで続けられるか分からないし、そもそも組織に頼らずに自分で仕事を作らなければいけないことがどんなことなのかまったく分かっていなかった。それでもどうにか生き残って来られたのだから人生わからないものだ。でも、あのときもし独立していなければ……。きっと本書で言うところの「たましいを売り渡してしまった」と感じながらサラリーマンを続けていたかもしれない。

 本書は本屋の本として読んでも面白い。アメリカ文化から大きな影響を受けた本屋としてはCOW BOOKSやスタンダードブックストア心斎橋、本書にも出てくるSNOW SHOVELINGなどが挙げられるが、COW BOOKSの松浦弥太郎氏以降で自身について店について語った本を寡聞にして知らない。一九七五年生まれの早坂さんが浴びたカルチャーは本で言えば、〝サリンジャーや村上春樹、レイモンド・カーヴァーにヘッセ、パール・バックやジョン・アーヴィング〟であり、〝フォークナーやアンダスンやマラマッド〟であり、〝カフカやトーマス・マン〟だった(巻末の「ぼくの50冊」からも伺い知れる)。それに加えてヒップホップやスケートボードなどのストリートカルチャーにも親しんだ。日本に住んでいる僕たちは多かれ少なかれアメリカ文化の影響を受けているが、それらを浴びるようにして育った青年が開いた本屋の話だ。どんな思いで作ったのか。作れるものなのか。続けられるものなのか。私生活をも含めて赤裸々に綴られたそれらは自分の店を持ちたいと願う人の参考にもなるだろう。

 本書にこんな文章がある。

〝ぼくなりの反抗のはじまりだった。どこにも属さず、たったひとりで誰にも従わず〟

 安全でも安心でもないかもしれない。苦しくて、寂しくて、見返りもわずかしかないもしれない。それにも拘らず人間らしく生きること。たましいを売り渡さずに生き延びること。本書はそういう生き方をしたいすべての人々に読んで欲しい一冊だ。(わけ・まさゆき=本屋ライター・「BOOKSHOP LOVER」主宰・「BOOKSHOP TRAVELLER」管理人)

★はやさか・だいすけ
=新刊・古書店「BOOK NERD」店主。サラリーマンを経て二〇一七年に「BOOKNERD」を開業。書店経営の傍ら、出版も手がける。一九七五年生。