バナナ・ビーチ・軍事基地 国際政治をジェンダーで読み解く
著 者:シンシア・エンロー
出版社:人文書院
ISBN13:978-4-409-24134-9

「女性はどこにいるのか」を一貫して問う

ジェンダー化された状況を打開するために

木村涼子 / 大阪大学教授・ジェンダー・女性学
週刊読書人2021年6月11日号


 表紙を飾るのは、1940~50年代にブロードウェイやハリウッドで活躍した歌手で女優のカルメン・ミランダの、アイコニックな図像である。果物や花で飾られた特徴的な帽子をかぶったミランダの姿には、「栄養があって美味しい南国の果物」と「陽気な南国女性」が重ね合わされている。こうしたイメージはバナナ産業の宣伝戦略でも盛んに消費されてきた。本書は、新植民地主義的な文脈に巻き込まれた彼女が「舞台や映画で愚かなラテン人女性を演じるのを厭わなかった」(256頁)一方、ポルトガル系ブラジル人というアイデンティティに誇りを持ち、黒人はアメリカ市場で受け入れられにくいとのアメリカ人プロデューサーの指示を断固拒んで、黒人男性で構成された自分のバンドごと渡米したエピソードを紹介している。ミランダの図像は、グローバルなポリティクスにおいて、「女性はどこにいるのか」を問う本書の主旨を象徴している。

 シンシア・エンローは、ジェンダーの視点から軍事化や戦争を論じた政治学者として知られている。日本でもすでに『戦争の翌朝―ポスト冷戦時代をジェンダーで読む』(緑風出版、1999)、『策略―女性を軍事化する国際政治』(岩波書店、2006)など複数の翻訳がある。本書は、軍事やプランテーションなどを、新植民地主義と家父長制をキーワードに読み解く名著として読みつがれてきた“Bananas, Beaches and Bases”(1990)の大幅改訂版(2014)の翻訳である。

 エンローが取り扱うトピックは、観光、ナショナリズム、基地、外交、ミスコンテスト、プランテーション農業、工場労働、家事労働など多岐にわたる。エンローの筆は、歴史を追い、国境を越え、自由に時空をかけめぐるとともに、時に俯瞰し、時に個々の女性の暮らしを詳細に追う。視点がマクロにもミクロにも移り変わりながらも、「女性はどこにいるのか」という一貫した問いによって、多様な描写が相互に関連した形で提示されている。

 ありきたりな「愚かな被害者」と「エンパワーされたアクター」の二分法で女性を切り分ける観点はきっぱりと拒否される(34頁)。すべての女性は、日常の暮らし、あるいは目的をもった運動において、差別・抑圧・暴力と闘うアクターである。様々な女性たちがどこにいるのか、そして何を考えているのかに対しての「好奇心」が重要だとエンローはいう。「好奇心」は、エンローの2004年の本“The Curious Feminist”でもタイトルにも謳われる重要な言葉だ。

 タイトルや表紙で印象的に扱われているバナナ産業の場合、日本社会/日本の消費者は主要なアクターとして登場する。日本とバナナといえば、1982年に発表され当時大きな話題を呼び、その後もロングセラーとなっている鶴見良行著『バナナと日本人』(岩波新書)を思い出す人も多いだろう。鶴見の書は、私たちの日常と、遠く離れたフィリピンの農園で働く人々がいかに関係しているのか、さらにその関係を支配するのは巨大な多国籍企業による新植民地主義的な経済活動であることを解き明かしていた。

 本書のバナナに関する章は、鶴見が世に問うた主題と共鳴している。ただし、エンローの考察は、プランテーション農業をめぐる国際政治が歴史的にも構造的にも根本からジェンダー化されていることを柱に展開する。ジェンダー・ブラインドで語られる国際政治は、性差別(の隠蔽)に他ならないと、力強く語られる。鶴見の書でも、箱詰め作業をする女性の姿はきちんと描かれてはいるが、より低賃金で搾取される労働者として周辺的に扱われているに過ぎない。本書では、男性中心の労働組合にしびれを切らした女性バナナ労働者が、バナネラスと自称して団結し、最初の地ホンジュラスから国境を越えて連帯する様子も描かれる。わたしたちは本書から、バナナと日本の関係について、より刺激的な視野を得ることができる。

 九つの章の並びはやや羅列的に感じられるが、いずれの章も世界中で蓄積された調査研究、ドキュメンタリー、運動実践についての膨大な「知」に依拠しており、読み応えがある。現在のグローバルな経済および政治はジェンダー化されており、この状況を打開するためにはトランスナショナルなフェミニズム運動への多様な立場からの参加しかない、という著者の一貫した主張には、説得力がある。(望戸愛果訳)(きむら・りょうこ=大阪大学教授・ジェンダー・女性学)

★シンシア・エンロー
=クラーク大学国際開発・コミュニティ・環境学部研究教授・政治学・女性学・ジェンダー研究。カリフォルニア大学バークレー校で博士号を取得。著書に『〈家父長制〉は無敵じゃない』『策略―女性を軍事化する国際政治』『フェミニズムで探る軍事化と国際政治』など。一九三八年生。