詩集言葉のない世界
著 者:田村隆一
出版社:港の人
ISBN13:978-4-89629-390-6

不変の世界

図書館発!こんな本が面白い【書評提供:図書館流通センター(TRC)】

松永剛政 / TRC中部支社
週刊読書人2021年6月18日号


 詩は常に身近にあるものだ。だが、暮らしに追われその存在をしばしば忘れてしまう。その存在を主張する装丁に目を奪われ、手に取った。

 著者は田村隆一、戦後詩に大きな影響を与えた詩人であり、多くの翻訳を手掛けた翻訳家でもある。すでに田村の死後から20年以上が経過している。『田村隆一詩集言葉のない世界』は1962年に出版された同名の詩集を低本としたもので、田村の出版物としては初期の作品にあたる。

 半世紀以上も前に編まれた詩は、時折時代を感じさせる。だが、その中にある普遍性は強烈で、読む者の概念を覆すインパクトがある。読み手の戸惑いは、その普遍性によって容易に時間という壁を飛び越し、不思議と言葉がすとんと頭に入ってくる。

 一つ一つの言葉を嚙みしめても、客観的に眺めても良い、そんな自由な気分にさせてくれるこの作品は多くの人に語りかけるだろう。それはタイトルにも表現されている。詩集にして、「言葉のない世界」とは矛盾するようだが、田村は言葉を独自の概念で捉えているように感じる。もはや表現を言葉にし、具現化することによって保証が得られる世界ではないといったような投げかけは、田村が生きた戦中・戦後から混迷する現代までを象徴するようでもある。それでいて選ぶ言葉には曇りがないことが、受け手を自然体でいさせてくれる。表題の詩に印象的な一節がある。

 言葉のない世界を発見するのだ言葉をつかって

 本書が印象的なのは内容だけではない、出版社「港の人」が丁寧に本を作って出版していることも、田村の詩が大切にされていることを感じることができる。詩は人によって紡がれていくものなのかもしれない。

 この書評をあらかた書いたあと、巻末に一枚の栞を見つけた。その栞には曽我部恵一という高名なミュージシャンが、私の言いたいことの全て、あるいはそれ以上のことを、美しい文章と表現で素敵にしたためてあった。このような書評を読むくらいなら、この詩集を手に取り、巻末の栞に目を通したほうが良い。そして詩集が手元にある生活は、自分が急に高尚になった気がして、悪い気分はしないものである。書棚にそっと潜めておいて、目が合った時に言葉のない世界を開くのだ。