父と子の絆
著 者:島田潤一郎
出版社:アルテスパブリッシング
ISBN13:978-4-86559-228-3

手を伸ばせば、だれかの声に届く

図書館発!こんな本が面白い【書評提供:図書館流通センター(TRC)】

鳥井未緒 / 江戸川区立篠崎子ども図書館(指定管理者)
週刊読書人2021年6月18日号


「夏葉社」という出版社がある。編集から営業、経理に至るまで、すべての業務をひとりの男性が担っているいわゆる「ひとり出版社」だ。夏葉社の出版物、その一冊一冊からは、つくり手の本に対する妥協のない姿勢がひしひしと伝わってくる。装丁はすっきりと無駄を削ぎ落としたデザインで、シンプルだがけっして冷たすぎず、むしろ美しくてやわらかな印象を受ける。それは同時に、夏葉社の経営者であり、『父と子の絆』の著者である島田潤一郎さんのイメージに直結する。

 ここには、三十八歳で父となった島田さんが、出版社の仕事をしながらふたりの子どもたちの成長を見守り、育て、家族とともに暮らす日々が綴られている。記されているのは、なにげない日常だ。記憶にも残らず、忘れ去られてしまうほどのなにげない日常。それゆえに読み手である私たちは、ページをめくるたび、本の中に少しずつ自分自身を見つけていく。

 島田家の長男そうちゃんは、生後三カ月間、まとまった睡眠をとらない子だったという。仕事を終えて帰宅し、慌ただしく食事を済ませたあと、休む間もなく、今日も父と子のふたりだけの時間が始まる。真夜中に薄暗い部屋で、いつ眠りにつくかもわからない赤ん坊を抱きかかえ、ぐるぐると歩き回りながら子守唄を口ずさむその姿は、いつしか私自身に重なり合い、やがて、まだ若かった頃の父と母が赤ん坊をあやしているのを思い起こさせる。

 食事風景の描写からは、ため息までも聞こえてきそうだ。昨日見たような、なつかしい思い出のなかにあるような、そんな光景が目の前に広がってくる。おやつを口にする子どもたち、喧騒に包まれる台所、ご飯粒が飛び交う食卓。食事は幾度となく中断され、それでも食べることは毎日毎日繰り返される。子どもたちが寝静まったあと、父は思う。ゆっくりと味わいながら食事ができるのはまだ先だろう、と。早く終わってほしいとさえ感じてしまうような瞬間、けれどその記憶は塗り替えられ、子どもたちは成長し、いつかこの生活こそがもっとも愛おしいものになるだろうと、そう確信するのだ。

 島田さんの綴る言葉や夏葉社がつくる本は、何かを強いたり、急かしたりすることがない。流れ去る景色が、縦に、横に、すべてひとつづきなのだということを、ただそこにいて、私たちにそっと語りかけてくれる。夜更け、静寂のなかであとがきまで読み終えたとき、床にこぼれ落ちるサツマイモを見た気がした。