タンゴの真実
著 者:小松亮太
出版社:旬報社
ISBN13:978-4-8451-1679-9

ステレオタイプから抜け出して

図書館発!こんな本が面白い【書評提供:図書館流通センター(TRC)】

小松ふみか / TRCデータ部
週刊読書人2021年6月18日号


「これほどまでに先入観と実体が乖離したジャンルがあるだろうか」。冒頭で著者は述べている。タンゴと聞いて私たちは何をイメージするだろうか。哀愁、官能、バンドネオンのエキセントリックな音色、情熱的なダンス。しかし著者によれば、これらのイメージの大部分は商業的な成功を狙っての、いわば印象操作によるものだという。自身バンドネオン奏者であり、両親がタンゴの演奏家という環境で育った生粋のタンゴ・ミュージシャンの言うことなので確かだ。

タンゴは19世紀後半にアルゼンチンの首都ブエノスアイレスで生まれた。第二次世界大戦で経済的に潤った1940年代のブエノスアイレスでは、数多のミュージシャンたちが大編成の楽団を率い、個性を打ち出した演奏を競いあった。20世紀後半、日本でもブームになったピアソラのような北米やヨーロッパで活動するミュージシャンや、刺激的なダンスのショーによってタンゴの文化は世界に広まった。南米の一都市の中で完結していた音楽が海外の聴き手を得て洗練された半面で、外国向けのカスタマイズにより、従来愛されてきたのとは異なる面にスポットライトが当たったことは否定できない。

顕著な例としてダンスがある。タンゴは、その誕生の当初から、音楽作品として鑑賞されるのと同時に、ダンスの伴奏音楽としても愛されてきた。その伝統は今も受け継がれており、ブエノスアイレスでは現在でも多くのミロンガ(タンゴのダンス・パーティ)が開かれている。そこで踊られるダンスは、タンゴ・ショーにみられるアクロバティックなものとは異なり、踊る二人の間のコミュニケーションや、ステップの面白みを重視する内向的な踊りだ。伝統的なミロンガでは、今でも1940年代の黄金期を経験した高齢のベテラン・ダンサー達(彼らの多くは職業ダンサーではなく、ごく普通のおじいさん、おばあさんだ)が、元気に踊り、楽団や踊りのこだわりを語り、日常生活の一部としてタンゴを楽しんでいる。一般に知られているタンゴのイメージからは想像しがたいが、これもまた伝統的なタンゴの楽しみ方の一つだ。

改めて「タンゴの真実」というタイトルに立ち返ろう。ピアソラも、タンゴ・ショーも、伝統的なタンゴも、今の時代に一定のファンを獲得しており、著者自身もその中でバンドネオン奏者として活動している。著者は「真実」がアルゼンチンの伝統的なタンゴの中にのみあるとは言っていない。ここでの「真実」とは、イメージに対して、音楽の構造や歴史を知り、実際の音楽を聴く体験自体を指しているのではないだろうか。私たちは、作られたイメージの中で満足したままでいるか、「真実」を知るかという選択を迫られているのだ。