禍いの科学 正義が愚行に変わるとき
著 者:ポール・A・オフィット
出版社:日経ナショナル ジオグラフィック社
ISBN13:978-4-86313-478-2

はじめはすべて「人を救うため」だった

図書館発!こんな本が面白い【書評提供:図書館流通センター(TRC)】

久保真弓 / 高山市図書館「煥章館」(指定管理者)
週刊読書人2021年6月18日号


「世界最悪の発明」とはなんだろうか?

 医師、科学者、人類学者、社会学者など各方面から意見を募ったうえで、著者オフィットが選別をかさね絞った最終候補は7つ。アヘン、マーガリン、人工肥料、優生学、ロボトミー手術、『沈黙の春』、サプリメントだ。どれもキーワードとしては目新しいものではないが、驚くべきエピソードが尽きない。痛み止めから中毒性を取り除こうとした結果新しい麻薬がどんどん誕生した。人工肥料で世界の飢餓を救った科学者が大量殺戮用の毒ガスを作った。ナチスがジェノサイドの根拠に用いた優生思想は当時世界中で受け入れられたプロジェクトだった。 等々。

 7つの事例に共通するのは、人を救おうとしてより大きな禍いを招いてしまった科学者と、彼らを信じて受け入れた人々の存在である。

 どんな人間でも間違うことや虚栄心に呑みこまれることはある。その人がノーベル賞受賞者だったなら、心に響くスピーチで説得されたら、だれもが認める人格者なら、時代のメインストリームだったら、わたしたちはその主張に疑いをもって抗えるだろうか? 「~先生が言うならまちがいないだろう」そう思ってしまわないか? 「そうであってほしい」「信じたい」という思いが、不十分な調査や、起こり得る/起こってしまった弊害への見てみぬふりを生み、取り返しのつかない災厄を招いてしまった。

 オフィットがエピローグで語ったように「科学の力でより良い生活を実現できるという希望」を人類はこれからも持ち続けるだろう。だからこそ万能にみえるもの、正解と思えるものにも、必ず何らかの代償がともなっていることを忘れてはならない。禍いをもたらすのは「妄信」なのだ。科学の恩恵にあずかるために、自分が何を差し出しているのか、どこまでなら差し出せるのか、わたしたちのバランス感覚は常に試されている。

 さて読了後に湧いてくる疑問、「この本のことは信じていいのだろうか」? オフィットの語りは専門家でなくとも理解できるよう工夫が凝らされ、衝撃をもって読み手に訴えてくる。理系はサッパリのわたしも一気読みしてしまうほど面白かった。ただし読みやすい・面白いストーリーとして編集する以上一種のバイアスは必ずかかるものであって、各トピックにおいて語られなかった部分や反対意見、まだ結論が出ていないテーマはネットを少し探っただけでもいろいろ出てくる。「自分の目で確かめろ」と言わんばかりの参考文献一覧からも示されるとおり、この1冊だけを鵜呑みにしてはまた先人の轍を踏むことになるだろう。