地球に月が2つあったころ
著 者:エリック・アスフォーグ
出版社:柏書房
ISBN13:978-4-7601-5286-5

更なる未知の世界に導く道標

図書館発!こんな本が面白い【書評提供:図書館流通センター(TRC)】

富高賢 / 玉名市民図書館(TRCスタッフ)
週刊読書人2021年7月9日号


 この本はまったく親切な本ではない。

 例えば恐竜絶滅の原因となった隕石衝突の証拠であるチクシュルーブ・クレーターを語る際、その注でクレーターの発見には「探偵小説さながらの驚くような経緯があった。」と書かれている。ところがその「驚くような経緯」はこの本を隅から隅までひっくり返してもどこにも書かれていない。またある文献の紹介では「木炭がなぜ黒いのかも説明している。その理由は意外なものだ。」と続けるが、その説明は紹介してくれない。(注で原文が読めるサイトを紹介してくれている。)つまり自分が興味を持ったら自分で調べなければならない!

 著者はアリゾナ大学の教授で、以前は高校で地球科学から英語まで教えた経験もあるという。なるほど、先生らしいというか著者が「ほらほら、知りたくなってきたでしょ」と笑っているようにも思えてくる。

 悔しいことにこの本で描かれている最新の知見に基づく太陽系の誕生から現在の姿に落ち着くまでの波乱万丈な経緯や、惑星が惑星胚とよばれる微惑星の衝突の繰り返しで生まれていく姿などの物語にはもっと知りたいという意欲を抑えることが難しい。

 また各種探査機によるデータを基にして語られる様々な光景は「惑星科学者は物語の商人」とする著者の面目躍如だろう。月のオリエンタル盆地にあるコンドミニアムから見る地球の眺め、木星にパラシュート降下しながら見る色とりどりの雲と宇宙船のきしむ音、土星の衛星タイタンで炭化水素の海に浮かぶ一艘のボート。

 そして月の形状の謎について「もしかして二つ目の月のせいかもしれない。」とひらめき、それを検証していく姿は私たちに科学研究の興奮を垣間見せてくれる。

 研究の最先端なだけに、本書の各所でまだ解明されていない点や既存の説では解明できない話もでてくる。著者は率直に「まだつじつまは合っていない。」「困った事態だ。」と認める。そして現在進められている宇宙探査により重要なデータが提供されるのを期待しながら(同時に却下された探査計画に憤りながら)、若い研究者の卵たちに「決めるのはあなただ。」と研究に誘う。

 入門書というには専門用語が頻出するし、いくつもの分野とテーマを横断しながら過去と未来を語るスタイルは分かりづらいところもあるかもしれない。だが読者の好奇心を刺激し更なる未知の世界に導く道標としてこの本は輝いている。