惑星都市理論
著 者:平田周/仙波希望(編)
出版社:以文社
ISBN13:978-4-7531-0361-4

プラネタリー・アーバナイゼーション研究が拓く新地平

~ルフェーブルの再降臨~

堤研二 / 大阪大学教授・社会経済地理学
週刊読書人2021年7月16日号


 本書の表題『惑星都市理論』はSF作品をイメージさせるし、黄色地の表紙は人目を惹く外観となっている。その内容は「グローバル」や「ワールドワイド」よりも、「惑星」としての世界を意識した、「プラネタリー・アーバナイゼーション」(以下PU)の概念を本邦で初めて本格的に主軸に据えており、新時代の人間性と空間・社会・経済を考える一三篇の論考から成る。

 世界を地球という「惑星」として捉える思想は、一九六〇年代前半の「宇宙船地球号」概念を経て、環境と社会経済の連接を指向しながら、とくに一九六〇年代終盤からの環境問題・反体制運動の流れの中で醸成されてきた。アンリ・ルフェーブルは、オープン・マルクス主義の論客であったコスタス・アクセロスと相互に影響しあいつつ、惑星的なるもの・惑星性(le planétaire)へ繫がるものとしての都市・都市化を位置づけた。この背景として、ルフェーブルのいう「都市的なるもの」(l’urbain)が空間的な領域のみならず社会経済的な意味においても拡大していき、その動きから取り残される縁辺的な領域があるにせよ、地球規模で「社会の完全な都市化」が進む現象の顕在化があった。

 地球規模での自然環境問題がいっそう深刻に取り上げられるようになった二一世紀に於いて、ヨハン・ロックストロームの“Big World, Small Planet”(2015, Yale University Press:邦訳書『小さな地球の大きな世界』、二〇一八年、丸善出版)は、身の丈を超えて地球を収奪し汚染させてきた人類の愚行を再考し、地球環境と人間らしさを取り戻すための変化の必要性を私たちに喚起した。こうした中で、本書にもヒンターランド論を寄稿しているニール・ブレナーは、ルフェーブルの、都市を超えた都市化の理論を基盤に置きながら、複雑な都市化・都市現象・地域間関係を俯瞰し、PU概念の展開・伝播の立役者の一人となった。彼の著書“New Urban Spaces”(2019, Ox-ford University Press)は、ルフェーブルの思想と現代のグローバル化の中での都市および空間スケールに関する諸問題とを架橋している。この発想は、ブレナーが編んだルフェーブルの論集“State, Space, World”(2009, Uni-versity of Minnesota Press)の編集の趣旨にも合致する。

 本書の内容を難解だと感じたら、編者の平田周による「序」と仙波希望による「あとがきにかえて」を先に続けて読むとよかろう。前者ではPU概念の意義について、後者では本書各篇に共通する問題意識について、簡明に述べられているからである。また本書を構成する、四つの部(「第一部 スケール/ヒンターランド」、「第二部 インフラストラクチャー/ロジスティクス」、「第三部 ポストコロニアル都市理論/関係論的転回」、「第四部 抽象空間/都市への権利/自然の生産」)には、合計十一の論考が含まれている。都市の範囲とリスケーリングと住民の排除・包摂、およびヒンターランドの変容に関する第一部(荒又美陽、ブレナー、渡邊隼)は、理論と場所との接合に成功していよう。第二部の北川眞也と原口剛による二篇は、場所および資本・財・人の流動にみられる変化と、グローバル資本主義による暴力性との関係を明らかにしている点で秀逸である。第三部の三篇(仙波、キー・マクファーレン、林凌)では、ポストコロニアル理論や関係論・関係的思考の批判・論点を整理し、「転回」を含めた展望を行っている。第四部は、ルフェーブル、デレク・グレゴリー、ニール・スミスの議論を軸に、都市空間や地球規模での資本主義の展開をめぐる、生産・権利・自然の資本主義への組み込みを論じた、問題提起的な三篇(大城直樹、平田、馬渡玲欧)から成る。

 本書の執筆者らによる研究は、かつて水内俊雄(地理学)と吉見俊哉(社会学)が組織し、花田達朗・吉原直樹・姜尚中・若林幹夫・大城・評者らが参加した「空間論研究会」や、水内らが編集・刊行してきた研究誌『空間・社会・地理思想』(大阪市立大学ほか)の潮流の先にあるものと位置づけられよう。そして、本書は都市理論やルフェーブルらの研究になじみのない読者にとっては難解であろうが、新鮮でもあろう。かつて吉原が『都市空間の社会理論』(一九九四年、東京大学出版会)に於いて優れた整理と分析を行ったニュー・アーバン・ソシオロジーのうねりにつづく、ルフェーブル再降臨の新しい波が来ているようだ。本書の最後の箇所で仙波は「統一理論の構築を目的としない」と語っているが、それで良いのだ。本書は、広く大きな議論の発火点になりうる題材と論点を提示しているからである。(つつみ・けんじ=大阪大学教授・社会経済地理学)

★ひらた・しゅう
=南山大学准教授・思想史。パリ第8大学博士課程修了。博士(哲学)。論文に「広範囲の都市化を通じたウイルスの伝播」(『現代思想』第48巻第7号、青土社、二〇二〇年)など。一九八一年生。

★せんば・のぞむ=広島文教大学専任講師・都市研究。東京外国語大学大学院総合国際学研究科博士後期課程修了。博士(学術)。共著に『忘却の記憶 広島』など。一九八七年生。