〈武家の王〉足利氏 戦国大名と足利的秩序
著 者:谷口雄太
出版社:吉川弘文館
ISBN13:978-4-642-05925-1

室町幕府はいかに存続したか

「共通価値」(足利氏の権威)を軸に検討

君塚直隆 / 関東学院大学教授・近現代イギリス政治外交史
週刊読書人2021年7月16日号


 足利将軍と聞くと多くの読者は、のちの江戸期の徳川将軍とは異なり、無力で諸大名の傀儡にすぎぬ存在と想像されるかもしれない。しかし近年の研究蓄積でこうした足利像にも変化が生じた。無力ではないが、徳川のように有力でもなかった室町幕府が二五〇年の長きにわたり続いたのは、諸大名が対内問題(家中内対立の収拾など)と対外問題(大名間対立の調停など)の双方で将軍を利用することに「共通利益」を感じていたからである。

 本書はこれに加えて、足利氏を「武家の王」と見なす「共通価値」観が大名に共有され、これに基づく秩序意識・序列意識としての「足利的秩序」が長らく維持されたことが幕府の存続にとってきわめて重要であったことを探究した意欲作である。このために著者は、政治学や社会学の理論も応用し、足利氏が宿敵を軍事的に打倒する一方で、「源氏嫡流」を喧伝して足利一門と他の大名との間に大きな格差を生み出したと指摘する。

 著者によれば、足利氏が武家の頂点に君臨するのは一四世紀末(義満時代)からのことであり、以後は足利氏に直接謀反を起こすものはなく、将軍に反旗を翻す場合は別の足利一門の人物を指導者に擁立するという構図が描かれていく。なるほど、これで応仁の乱の状況も納得できるわけである。さらにこの間に将軍=大名間の儀礼も確立され、足利の権威を絶対視する共通価値も定着していく。ところが一六世紀中葉からは、足利一門以外の有力者も要職に取り立てられるという改革が上(足利氏)から行われることで、皮肉にも足利的秩序の基盤を自ら掘り崩す結果につながり、幕府の権威も失墜する。

 本書は足利氏の権威という「共通価値」を軸に検討を進めるが、国際政治学やフランス史学から影響を受けすぎているきらいもある。政治における儀礼や象徴はもちろん大切であるが、その裏付けとなる実態にも目を向ける必要はないだろうか。将軍との距離は儀礼において大切であるが、それは官位官職などの具体的な栄誉にも関わるのではないのか。のちに徳川将軍は武家官位を統御することで、江戸城内等での儀礼を取り仕切るとともに、諸大名にも権威を見せつけた。足利将軍にはそのような「方策」は考えられなかったのか。これとも関係するが、本書ではその権威の裏付けともなる「天皇」と足利氏との関係にはほとんど触れられていない。ヨーロッパでも、戦国期の日本に似たような状況が見られた「神聖ローマ帝国」という王侯らが自律性を保ちながらも皇帝に臣従する世界が存在し、その序列は爵位や騎士団員の資格(のちに勲章に発展)などによって裏付けられていた。

 また、本書の主題とも直結するが、武家の「王」という呼称は著者オリジナルの概念であろうか。それとも足利時代にすでに諸大名から「王」と呼ばれていたのか。義満の「日本国王」とも関連するが、君主号の定義にはやはり慎重になるか、より詳細な定義が必要なのではないか。以上はもちろん素人の疑問であるが、こうした側面も盛り込まれ、著者には是非とも足利氏と権威(共通価値)を軸に決定版の学術書を完成していただきたい。(きみづか・なおたか=関東学院大学教授・近現代イギリス政治外交史)

★たにぐち・ゆうた
=東京大学大学院研究員・博士(文学)・日本中世史。著書に『中世足利氏の血統と権威』など。一九八四年生。