画家の食卓
著 者:林 綾野
出版社:講談社
ISBN13:978-4-06-218145-7

画家の食卓

図書館員のおすすめ本(日本図書館協会)

小川みのり / 我孫子市民図書館
週刊読書人2021年6月11日号(3393号)


 美術館に行っても,なんとなく絵を眺めただけで帰ってきてしまう,そんな経験はないだろうか。私は美術館に行くのは好きだが,そこにある絵や画家は,どうしても遠い存在に感じてしまう。もっと身近に,絵画の世界を楽しむことはできないだろうか。本書は,そんな私のような人に,絵画を楽しむヒントをくれる1冊である。

 著者は,美術館での展覧会の企画や美術書の執筆を手がけるキュレーター。本書では,西洋から日本,古代から近代のものまで多くの作品や画家を取り上げ,「食」という観点からそれらを解説している。また,作品や画家にまつわる料理を再現し,そのレシピも紹介している。ゴッホ,ゴーギャン,モネ,フェルメール…多くの偉大な画家たちが愛した料理を見ていると,その画家の暮らしぶりを想像することができる。彼らを「遠い時代の,遠い国の,偉大な画家」ではなく,一人の人間として,私たちに親しみを持たせてくれるのだ。

 絵の中に出てくる料理を考察して,再現しているページもある。中でも特に興味深かったのは,ブリューゲルの『農民の婚礼』に描かれた謎の料理だ。この料理が何であるか,専門家の間でもいろいろな説があるという。著者は,この絵が描かれた時代の食文化,絵の中の物の配置,人物の動き・表情等から,この料理について考察している。これがまた,なぞ解きを読んでいるようで面白い。絵の中のどんなところに注目すればいいのか,プロの視点を知ることができるのも嬉しい。こんなふうに絵を見ることができたら,と次に美術館に行くのが楽しみになる。

 そして,この本の最大の魅力は,やはり画家たちが愛した料理を実際に作って食べることができる,という点だろう。ぜひ,おいしい料理を食べながら,絵画の世界に思いを馳せてみてはいかがだろうか。