和本入門 千年生きる書物の世界
著 者:橋口侯之介
出版社:平凡社(平凡社ライブラリー)
ISBN13:9784582767445

和本入門 千年生きる書物の世界

図書館員のおすすめ本(日本図書館協会)

松矢美子 / 長岡市立中央図書館, 日本図書館協会認定司書 第1076号
週刊読書人2021年7月16日号(3398号)


 和本を手に取る。書名が記された題簽,見返し,序文,そして本文を見る。するとそれぞれの書名の表記が異なる。いったいどれが本当の書名なのか…そんな経験はないだろうか。

 複数の書名が記される理由はいくつかあるそうだ。江戸の名産や名所を案内する『江戸砂子』という本では,巻によって「江戸寸奈こ」「江戸寿南故」等表記を少しずつ変えているが,それは粋な遊び心なのだと著者は言う。版元が売り上げ増を狙って増版の際書名を変える場合もあった。著者は本文の始まりに書かれる題名(内題)を書名として採用するという。

 本書の著者は和本を扱う古書店主。長年の経験と知見の積み重ねから,和本の基礎知識や魅力について解説する。用語にも丁寧な説明が加えられ,予備知識がなくても読みやすい。

 また,和本の著者名表記にも独特の用例が見られる。たとえば荻生徂徠は,本姓の物部氏から「物」一字を使い,姓名を中国風に三文字にして「物茂卿」と記すことが本書で紹介されている。こうした用例を知らない読者が,人名事典を引いても著者が見つからず困惑することもあるという。

 さらに,和本では奥付にある年代を鵜呑みにできないと著者は述べる。なぜなら木版印刷用の版木は長持ちし,100年後に増刷してもそのまま使用する場合があるからだ。もとの版木を削って別の版木片を差し込み,刊行年を追記する「埋め木」も見られ,線が切れていたり,不自然な囲み線のある事例が写真つきで解説されている。

 書名も著者名も推理しながら読まなければならない。刊行年は出版経過を読み解く必要がある。後世の読者が解読に苦労するとは,和本の書き手も版元も想像しなかったことだろう。本書で学びながら,昔に思いを馳せ,和本をひもときたい。