平成史 完全版
著 者:小熊英二(編著)
出版社:河出書房新社
ISBN13:978-4-309-22766-5

平成から令和へポスト工業化社会のゆくえ

図書館発!こんな本が面白い【書評提供:図書館流通センター(TRC)】

宇佐美俊介 / TRC中部支社 ブックキャラバン担当
週刊読書人2021年9月10日号


 平成の終焉は唐突だった。様々な課題の解決を先延ばしにしながら進み続けた時代は「失われた」と形容され、私たちは社会的な「氷河期」の中を何とか生き延びた。平成はまだ手の届く距離にあり、歴史として物語るのは時期尚早なのかもしれないが、混迷の時代にある今こそ、平成という時代を確かな歴史認識のもとに振り返ってみたい。

 本書は【完全版】と銘打たれているが、元版は平成24年に出版され、2年後には「経済」と「外国人・移民」の章を新たに付け加えた増補新版が刊行されている。そして平成が終わった年の5月、満を持して各章の内容を一新し、巻末の年表を完結し、【完全版】が世に出された。通読すれば明らかだが、本書は平成という時代を内側から描写しただけの書物ではない。この時代の特徴が形成された発端にまで遡り、戦後から平成に至る道程に対しても抉るような鋭い分析を加えている。そのような観点からいくつかの章をみてみよう。

 冒頭の総説で小熊英二は、平成を「1975年前後に確立した日本型工業社会が機能不全になるなかで、状況認識と価値観の転換を拒み、問題の先延ばしのために補助金と努力を費やしてきた時代」と定義している。ポスト工業化は1960年代のアメリカに始まり、今では先進諸国にほぼ共通して起きている現象であるが、平成期におこなわれた様々な政策は、日本型工業化社会の応急処置的な対応に終始し、その誤った対応の中で「漏れ落ちた人々」が増え、格差意識と怒りが生まれ、ポピュリズムが発生していると小熊は指摘する。

「経済」の章では、平成年代の経済現象を捉えるために、政府を実施主体とする政策の動きを追っているが、ポスト工業化社会における格差の広がりという観点から本章を読み進めていくと、小泉政権における新自由主義的政策や第2次安倍政権のもとでおこなわれた「アベノミクス」と呼ばれる空前のスケールの金融政策に、功罪も含めて別の側面が浮かび上がってくる。平成初期にバブルが崩壊し、アジア通貨危機や山一證券の自主廃業、北海道拓殖銀行の破綻を経て、自分の肌感覚では2005年前後から急速に景気が冷え込み、格差や貧困の問題が注目されるようになった気がするが、その問題はどのような政策を経てもいまだに解決される見込みがない。

「政治」の章で政治学者の菅原琢は、55年体制と呼ばれた昭和後期の安定した政治状況と比較して、平成30年間の政治状況が著しく不安定であることを取り上げ、その要因として「有権者の影響力」を挙げている。「平成期の政治的混迷は、有権者が政権と政策を選択するという普通の民主主義国家に至る道程」であると菅原は指摘している。実際に、竹下登から安倍晋三まで、平成期の首相の総数は17人に上るが、平成5年衆院選において非自民の連立政権が誕生したこと、平成21年衆院選において自民党から民主党に政権交代がおこったことなどをみると、確かに「有権者の影響力」としか言いようがない強い力の働きが読み取れる。

 紙幅も尽きたようなのでこのあたりで筆をおくが、「政治」や「経済」以外の章もそれぞれに興味深い。平成時代を、総じてどのように捉えるかは読者各々に委ねられるが、「ロスジェネ」とカテゴライズされ、「失われた30年」に何度も翻弄され続けた人たちこそ、自分が生きて経験した平成時代を振り返りながら、本書をじっくりと吟味するように読み進めて欲しい。