桜の文化誌 花と木の図書館
著 者:コンスタンス・L・カーカー/メアリー・ニューマン
出版社:原書房
ISBN13:978-4-562-05920-1

桜とCherry

図書館発!こんな本が面白い【書評提供:図書館流通センター(TRC)】

中尾優子 / TRCデータ部
週刊読書人2021年9月10日号


 突然ですが皆さま、「桜」という語から思い浮かぶイメージはどのようなものでしょう。また、『桜の文化誌』というタイトルからどのような内容を予想されますか。

 私の頭に浮かんだのは、春三月に、枝からこぼれんばかりになる、花弁に切り込みの入った薄いピンクの花。いつ開くか、いつまで散らずにもつか、なぜかやたら気になる、といったところです。『桜の文化誌』というと、花見の風習、絵画や工芸品の花の図案、和歌などの古典文学で「花」とあったら多くは「桜」をあらわすことなどが載っていそう。

 さて、そんな具合に桜といえばほぼ花のイメージでこちらの本を手にとりましたが、序章の一文で気がつきました。この本の著者にとって、桜といえばまずは「実」なのだと。「本書は、誰もが知っているサクランボだけでなく、その花、木、樹皮、葉、種、樹液にも言及している」—。この本の原書タイトルは『Cherry』。著者の二人はアメリカの大学の元教授で、イギリスの出版社から刊行されています。

 ここで英語ではチェリー/Cherryがまず基になるのだ、とあらためて気がつきました。チェリーの花Cherry Blossoms、チェリーの木Cherry tree。でも果実に対してはなにも語に付け加えない。対して日本語では、果実には「サクランボ」「桜桃」という、桜になにかをつけ加えたような語を使う。なるほど、基本のとらえ方の違いが語の形に如実にあらわれているものです。ふと、「サクラといえば果実でしょう」という言語と、「花でしょう」という言語の割合はどうなっているのだろうと興味がわき、翻訳サービスの対象となっている言語について目につくところ片っ端から「桜」と「サクランボ」の訳を確認してみたのですが、圧倒的に果実派優勢でした。日本語以外の言語では「の花」という語を付け加えないと、日本人の私が「桜」として伝えたいものが伝わらない可能性が高いことを肝に銘じておきましょう。この本の花を扱った章で、日本の事例が非常に多いのにも納得してしまいました。

 身近な、なんとなく知っているつもりの物事について、異なる言語使用者の視点でまとめられたものを読むと、自分の属する文化の枠に気づかされます。翻訳書を手に取る面白さはこのあたりにもあると感じました。『桜の文化誌』の原書はさまざまな花や木をテーマに歴史、文化などを掘り下げるシリーズの一冊で、「花と木の図書館」シリーズとして菊、松、竹なども邦訳されているようです。気になってきました。

 一方で、同じテーマを英語圏ではない著者がまとめたものも読んでみたい、という気持ちも芽生えます。たとえば、サクランボの生産高世界第1位のトルコでサクラという植物について広くまとめた書物があったら?また違う気づきがありそうです。