戦時下の地下鉄 新橋駅幻のホームと帝都高速度交通営団
著 者:枝久保達也
出版社:青弓社
ISBN13:978-4-7872-2091-2

謎の地下鉄ホームを白日にさらすアーカイブの力

図書館発!こんな本が面白い【書評提供:図書館流通センター(TRC)】

石黒充 / TRC電算室
週刊読書人2021年9月10日号


 ――正体不明のテロ組織に蹂躙された首都東京。敵に対峙すべく秘密裏に出動したレイバー隊が移動に用いたのは地下鉄だった。貨物車両は新橋駅の手前で姿を消し、謎のホームに到着する。壁には逆書きで「橋新」とのタイル文字。そこは戦前に使用停止された幻のホームだった。――今年2月に再上映された『機動警察パトレイバー2』のワンシーンである。この幻のホームは現存し、いまでこそイベントやテレビで見られることもあるが、1993年の映画公開当時、アニメーションとはいえ映像で表現されたことに驚いたのを思い出す。まだ営団地下鉄だった時代。このほかにも東京の地下鉄には知られていない部分や非公開のことが多く、2000年代に入っても「地下鉄の謎」などと題した本がいくつも出されていたものである。

 地下鉄に謎とか幻とかがつくと、またこうした都市伝説の類かと思ってしまうが、そうではない。本書は、記録資料に基づいて分析した正真正銘の地下鉄の歴史書である。

 最初の地下鉄上野―浅草間を開業し、その後いまの銀座線新橋駅までを1934年に延伸させた早川徳次率いる東京地下鉄道。一方のちの東急電鉄の総帥となる五島慶太率いる東京高速鉄道が、渋谷から新橋までの区間を39年1月に開業させる。両社が直通運転をする9月まで、ほんの8ヶ月の間だけこの幻のホームが使われたという。なぜ短い期間しか使わないホームが作られたのか。

 本書はこの謎を、資料だけを用いて解いていく。当時の東京市の計画書や契約書、両会社の交渉の会議録あるいは通告ないしその回答。著者独自の推論はほとんど差し挟まず、文語体の書き下しとその意味するところを補うのみであり、すべては資料に語らせている。なかでも地下鉄博物館所蔵で請求できる「東京地下鉄道ト東京高速鉄道トノ新橋駅ニ於ケル連絡設計ニ関スル交渉ノ経過」という冊子は、これまで誰もとりあげていない第一級の資料であり、これを発見した著者の見識と、アーカイブとして残している地下鉄博物館を讃えたい。

 ともすると私たちは、毎日利用している鉄道路線網を所与のものとして捉えがちである。しかしこの当時、都市計画においてもさまざまな路線網の構想があり、実現に至るまでには、路線を建設して運行する企業間の対立として表出していたのである。そしてそれが、権謀術数の噂話に限ることなく、文書のやりとりとして残されていたのである。

 公式の社史としては、34年刊の東京地下鉄道の社史の後、営団丸ノ内線建設史の記述が始まる49年まで、まとまった記録が刊行されていない。本書がその空白の期間を埋める、という著者の目論見は、十分に成功していると言えるだろう。