家族と社会が壊れるとき
著 者:是枝裕和,ケン・ローチ 著
出版社:NHK 出版(NHK 出版新書)
ISBN13:978-4-14-088642-7

家族と社会が壊れるとき

図書館員のおすすめ本(日本図書館協会)

沼田富士子 / 東京都立秋留台高等学校
週刊読書人2021年8月13日号(3402号)


 イギリスの映画監督ケン・ローチ氏と日本の映画監督是枝裕和氏が,NHKの番組で対談後に加筆し,まとめた本である。ローチ監督は社会主義思想を持ち,常に労働者の立場で映画を製作し,彼の考え方も前面に出す監督である。私自身は2016年製作『わたしは,ダニエル・ブレイク』,2019年製作『家族を想うとき』の2作品しか見たことがないが,忘れられない映画であった。『わたしは,ダニエル・ブレイク』ではイギリスの福祉制度の矛盾をつき,『家族を想うとき』では,不安定な職業に従事する家族が崩壊していく有様が描かれていた。皮肉っぽいシーンが多かったことを覚えている。

 一方是枝氏は,ローチ氏を尊敬しつつも,自身のさまざまな思いを映画に投入することには慎重な姿勢である。映画の中で何か解決策を提示したりすることについても,危険を感じると語っている。映画を見ながら,悶々と悩み,それぞれの生活に戻ってから,答えを見つけてほしいというのが是枝氏の考えである。両者には若干違いがあるが,技術的な部分や,監督業についての考え方は共通部分が多いようである。文中にて映画製作の手法が語られている。例えば,観察者の視点から見た映像にするためカメラを静止すること,子役には台本を渡さないこと,カメラを設置する場所へのこだわり,どのような気持ちでカメラを回すべきか等。二人の手法はドキュメンタリー的と言われ,フィクションを感じさせないような撮影にこだわっている。両監督とも細部まで神経を尖らせ,演技者の魅力を引き出し,私たちを映画の世界に運んでくれる。そのメッセージは,現在の社会で何が起きているか目を離さずしっかり見つめ判断する力を持て,ということだと思う。