プロジェクト・ファザーフッド アメリカで最も凶悪な街で「父」になること
著 者:ジョルジャ・リープ
出版社:晶文社
ISBN13:978-4-7949-7273-6

ゼロスタートの再生プロジェクト

真剣かつユーモラスな語り口で描かれる記録

パンス / ライター・DJ・テキストユニットTVOD
週刊読書人2021年10月15日号


 現代は、男性が持つ抑圧的側面を越えて、どう「父であること」を見出していくかという問いが溢れる時代だ。もはや「父性の復権」などと言って、かつての伝統的な父親像を振り回すことなどできないが、それでも、ひとは父親になってしまうのだ。この現実をどう考えればよいのだろうか。

 本書『プロジェクト・ファザーフッド』は、全米で最も凶悪といわれる街で試みられた、「父親になるプロジェクト」の記録である。そこには、ひとつの家族、親と子という関係のみでは捉えきれない重層的な困難さと、それを乗り越えて光を見出そうとする男たちのありさまが、刻まれている。

 ロサンゼルス南部にあるワッツは、一九六五年「ワッツ暴動」の舞台となって以降も、貧困層の黒人やラティーノのギャングが抗争を繰り広げ、取り締まる警察が虐待行為を行う街として知られていた。人類学者である著者は、白人で女性という立場から、そこで子を持つ父親たちの自助グループに参加することになる。プロジェクトを立ち上げたハーシェル・スウィンガー博士の信条は、「家族力」そして父親という存在によって、壊れたコミュニティを再生していくというものだ。それだけ聞くと、日本だったら「親学」などと言われるような、とんでもない保守派の思想だと思われるかもしれない。しかし、ただ過去を復古しようとする意図とは全く異なっている。そもそも、そこに集まってくる男たちは、「良い家族」や「良い父親」の記憶を持っていない。ゼロスタートの再生プロジェクトなのだ。

 ワッツというコミュニティ全体が、恒常的な暴力に晒されている。通常の労働で稼ぎ生活するという選択肢が閉ざされており、自然と麻薬取引などの犯罪に手を染め、逮捕されると刑務所に送られ、出所するとさらに選択肢が狭まるので再び犯罪に向かう。つまり、家族を養うために犯罪を行わざるを得ないという環境で、刑務所にいる父親の存在は希薄になる。「プロジェクト・ファザーフッド」に限らず、外側からの救済計画は過去にもあったが、その多くは途上に終わり、彼らは「裏切られている」と感じている。

 目を引くのは、プロジェクトのなかで絶え間なく議論が行われていることである。といっても、真面目に善悪を判断し進めるようなものではない。誰もが自分の思うがままに正直に主張し、激しく感情をぶつけ合う。著者や共同リーダーのビッグ・マイクも、それを上から押さえつけたり、甘やかすようなことはせず、ひとりの人間として話を聞き、言い争い、ジョークを飛ばし合い、時として反省する。

 コミュニティのなかで育まれた、独自の秩序や伝統もある。体罰や家庭内暴力を容認し、異質な存在を差別することもあるのだが、それらが間違っていることは、彼ら自身の独白と議論によって追及される。いっぽう、彼らのなかで受け継がれる豊かな文化に対して、著者は決して特別な目線を向けることはなく、そのなかに入り込んで楽しんでいることが伝わってくる。一見ハードな内容に思われるかもしれないが、真剣さのなかにユーモアを交えて描写しているため、爽やかな読後感すらある。

 悲惨な出来事を見つけ次第、断罪するのは簡単だ。しかし、解決するためには深く考え、ひとりひとりの人間同士としてぶつかり合うプロセスが必要になる。リスクが伴うものの、そこにしか糸口はないだろう。本書はハードなノンフィクションにとどまらない、「父親」と名付けられた、未完のプロジェクトに挑戦する人々のドキュメントだ。(宮﨑真紀訳)(パンス=ライター・DJ・テキストユニットTVOD)

★ジョルジャ・リープ
=カリフォルニア大学ロサンゼルス校社会福祉学部・非常勤教授・ギャング文化・暴力・危機対応の心理学。人類学者・ソーシャルワーカー。サウス・ロサンゼルス出身。