きらめく拍手の音 手で話す人々とともに生きる
著 者:イギル・ボラ 著 矢澤浩子 訳
出版社:リトルモア
ISBN13:978-4-89815-532-5

きらめく拍手の音 手で話す人々とともに生きる

図書館員のおすすめ本(日本図書館協会)

小郷原良美 / 玉野市立田井小学校
週刊読書人2021年10月22日号(3412号)


 「コーダ」(CODA:Children of Deaf Adults)という言葉を聞いたことがあるだろうか。聞こえない親をもつ聞こえる子どもを意味する言葉だ。本書の著者はろう者の両親をもち,ろう文化と聴文化を行き来しながら育ってきたコーダの一人である。2014年,著者はろう者である両親の世界を聴者の娘の視点で撮ったドキュメンタリー映画『きらめく拍手の音』を発表した。その翌年に出版された同タイトルの本書は,映画制作の経緯とその後の道のりをつづったエッセイだ。

 聞こえないとはどういうことか。聞こえない両親のもとで育つとはどういうことか。家族の歩みとともに著者の体験が語られる。どこに行ってもまず「両親は耳が聞こえないんです。」と説明しなければならなかったこと。親戚の集まりや学校の保護者面談をはじめ,引っ越しの契約,銀行の手続きに至るまであらゆる場面で両親の通訳をしなければならなかったこと。両親に向けられる差別のまなざしを敏感に感じ取ってきたこと。このような経験の中で著者は「少しでも早く大人にならなければならなかった」(p.32)という。

 しかし本書はかわいそうな障害者とその子どもの話ではない。著者は時に両親とぶつかりながらもろう文化に親しみと敬意をもち,彼らの言語である手話がいかに美しく複雑で,豊かな表現を持っているかを教えてくれる。手をたたく拍手の代わりに両手の手のひらをひらひらと振る動作を著者は「きらめく拍手」と呼ぶ。彼女の目を通して語られる両親の世界はまさにきらめいている。

 著者によると,「明るい表情で相手に接すること,彼らの言語と文化を尊重すること」(p.269)がろう者に会うときの心構えだそうだ。ろう文化に出合うために国境をこえる必要はない。本書を読んで興味が出たら,あなたの隣のきらめく世界に会いに行ってみよう。