日本語を、取り戻す。
著 者:小田嶋隆
出版社:亜紀書房
ISBN13:978-4-7505-1660-8

日本語を、取り戻す。

図書館員のおすすめ本(日本図書館協会)

野里 純 / 那覇市立開南小学校
週刊読書人2021年11月19日号(3416号)


 ニュースで「スピード感をもって」やら「骨太の方針」などと見聞きするたび,日本語としてこれでいいのか落ち着かない気持ちになる。あるいは,首相や閣僚,官僚の振る舞いに得も言われぬ引っかかりを覚えてしまう。そんな症状をお抱えの向きには,本書をおすすめしよう。

 言葉に向き合い,言葉にこだわる著者が,権力者たちの言葉を腑分けし,そこに潜むモノを暴き出していく。例えば,「アベノミクス」という言葉から,そのネーミングに経済政策の議論を成立させない機能があることを喝破し,政府発信の名称を無批判に伝える報道機関を批判し,首相の名前を冠するがゆえに惹起される政治的にして感情的な問題を浮き彫りにして見せる…といった具合にだ。モヤモヤしたモノが晴れる。

 元々が各種媒体で発表された時評コラムであり,皮肉に地口と諧謔を織り交ぜたその語り口が絶妙だ。著者は怒りと違和を表明し,鋭い分析と舌鋒で攻め,確固とした批評性を提示するが,あくまでも笑いを誘いつつだ。激しい糾弾や毒舌で相手をくさして溜飲を下げるタイプではないので,激情で血圧が上がってしまう副作用は少ない。

 表紙に描かれるのは,サイズの合っていない小さなマスクをつけ,毛並みの良さげな犬を抱えた,最も長く首相の座にあったアノ人の肖像。やがてこの符丁も通じなくなるであろうが,コレから喚起される負の心象はまだまだ現役だ。本書は時評集ゆえに,森友・加計問題,公文書の破棄・隠蔽・改ざん,無理筋の検事長定年延長など,言葉を雑に扱う者たちのアーカイブともなっている。

 言葉とは,コミュニケーション。権力者の口から繰り出される雑な言葉の先には,雑な扱いをされている我々がいるのだ。健全でまともなコミュニケーションを取り戻す,あるいは保つため,言葉に対して敏感に,丁寧に,しつこくこだわり続けることの大切さが,改めて認識できる1冊だ。