オードリー・タンの思考 IQ よりも大切なこと
著 者:近藤弥生子
出版社:ブックマン社
ISBN13:9784893089403

オードリー・タンの思考 IQよりも大切なこと

図書館員のおすすめ本(日本図書館協会)

森 文江 / 鹿児島県立鹿児島工業高等学校
週刊読書人2021年10月8日号(3410号)


 世界的感染症という緊急事態にデジタルを活用することで一躍有名になったオードリー・タン。彼女の功績はネットや自身が語る形式で書かれた『オードリー・タン デジタルとAIの未来を語る』(プレジデント社 2020)他,多くの著書,多くのメディアで知ることができる。その中でもこの本がフォーカスしているのはオードリーの「考え方」だ。彼女のような大臣が存在する台湾を多くの人がうらやましがる。だが最初から台湾にそのような環境が整っていたわけではないことが本書でわかる。多様性を大事にする土壌はオードリー含め,人々の歩みで育ててきたのだ。おかしいと思うことを丹念に整えていった人々がいたからこその結果に思える。IQよりEQ。持続可能な社会のため,デジタルな社会においてより大事にされる能力だと主張している。そして実際大切にしている。それを裏付けるように,動画に観る彼女は常に相手へのリスペクトと許容とユーモアに満ちていた。本書でオードリーのバックグラウンドや哲学を知り,インターネット上のコンテンツで実際のオードリーの表現を見る。デジタル媒体と紙媒体の両方から彼女を知ってほしい。

 日本の教育界では「楽しい」が学習指導要領には明記されたが,現場はいまだ楽しいを敵視する風潮がある。オードリーが成し遂げたことの根底に彼女の気質が大事にされた自由があることを,多くの人に認めてほしい。そこから「人間らしい」社会に向けての教育が始まるのではないだろうか。人権,ジェンダー,民主主義,メディアリテラシー,ICT技術,ユーモアのあるコミュニケーション,教育,……オードリーの思考と,デジタルでソーシャルイノベーションを実現させてきたハッカーたちのあり方は,これからの人権の世紀に示唆を与えてくれる。「一人一人の心に小さなオードリー・タンを」(p.7),そしてSDGsの実現を担う人々を。それがこの本の向かう先だ。