一門 “冴えん師匠”がなぜ強い棋士を育てられたのか?
著 者:神田憲行
出版社:朝日新聞出版
ISBN13:9784022516824

一門 “冴えん師匠”がなぜ強い棋士を育てられたのか?

図書館員のおすすめ本(日本図書館協会)

市村晃一郎 / 群馬県立図書館
週刊読書人2021年10月22日号(3412号)


 将棋界には伝統的な師弟制度があり,プロになるためには棋士の下に入門しなければならない。図書館員なら『聖の青春』(大崎善生著 講談社 2000)で描かれた故・村山聖九段とその師匠・森信雄七段を思い浮かべる方も多いだろう。だが,一番弟子の村山が夭折した22年後,森門下が13名の棋士と4名の女流棋士を擁する棋界最大の一門となったことは,ご存知ないかもしれない。

 本書は,森門下全員への取材を基に,師匠・森の人生と,弟子たちが棋士になるまでの物語を,師匠との関係を織り交ぜて紹介したものである。

 勝敗に偶然の要素がない将棋の世界は,シビアな実力社会だ。棋士として「冴えん」存在だった森は,弟子に技術的な指導をほとんどしない。だが,森には自らの人生経験や村山九段との濃密な関係から得た人間への洞察と観察眼があり,それがときに弟子をピンチから救う。プロ入りの窮地にあった西田拓也五段が,一見将棋とは関係ない「晩ご飯は自宅で食べなさい」との助言で立ち直り,14連勝で奨励会を突破したエピソードは,羽生ならぬ森マジックである。実に痺れる妙手だ。

 人知を超えた将棋ソフトを前に,もはや人間に指したい相手はいないと断言する棋界きってのリアリスト・千田翔太七段の心の支えは,意外にも師匠のくれる安心感だという。勝負にかけるあまりに森の逆鱗に触れ,「将棋が強くとも人として意味がない」と破門されかけた山崎隆之八段も,「他人に対して熱を込められる」師匠に一門は支えられていると感謝し,その人間力に敬服する。当代一流の弟子たちの目に映る師匠の姿は,きっと誰よりも冴えているに違いない。

 棋士のドラマは本当に魅力的だ。活字だけでなく,動画やSNSで多様な将棋コンテンツが発信され,将棋を指さずに「観る」という楽しみ方が生まれた。私もその沼にハマった一人だ。あなたにも試してほしい。