彼岸花が咲く島
著 者:李琴峰
出版社:文藝春秋
ISBN13: 978-4-16-391390-2

彼岸花が咲く島

第165回芥川賞受賞作品

書評アイドル 渡辺小春が読む芥川賞

渡辺小春 / 書評アイドル
読書人WEB限定


果たして何が理想なのか

 今回は、第165回芥川賞を受賞した、李琴峰さんの「彼岸花が咲く島」を選んだ。

 舞台は、〈島〉と呼ばれる高温多湿な気候で自然が豊かな島。

 海の向こう側には〈島〉に物資などの恩恵を与えてくれることから、島民に「神々の住んでいる楽園」と崇められている場所、〈ニライカナイ〉がある。主な言語は〈ニホン語〉だが、島の女性にしか学ぶことのできない〈女語〉も存在する。また、この〈島〉では、“ノロ”と称される〈女語〉を習得した女性達(=歴史の語り部)が統治しており、その中でも最も〈女語〉が上手く、知識や経験の豊富な女性は最高指導者の“大ノロ”として尊敬されている。

 独自の文化が築き上げられた〈島〉に、主人公となる一人の少女が漂着し、倒れていたところを游娜に発見された場面からこの物語は始まる。

 游娜は少女を保護し、「宇実」と名づける。宇実は、記憶をほとんど失っていた。知らない〈島〉の言葉や文化に戸惑っていた宇実だったが、游娜に連れられ、大ノロの元へ行くと「春までに〈島〉の言葉を身につけなさい。そして〈島〉の歴史を背負って、ずっと〈島〉で生きていきなさい」と告げられる。ノロを目指している游娜と、彼女の友人である、男性だが歴史を知りたいという思いから秘密裏に〈女語〉を学んでいた拓慈、その二人の仲間と共に宇実は〈女語〉〈ニホン語〉の勉強に励み、〈島〉の一員として暮らしていくこととなる。

 物語では、〈ニホン語〉〈女語〉〈ひのもとことば〉の、三つの言語が使われている。少しややこしいのだが、まず、游娜達島民が使う〈ニホン語〉は、私たちの使う日本語と同じ名前だが、基本的な単語は同じでも、一、二、三人称は、「ワー」「リー」「ター」、「彼岸花」は「ビアンバナー」といったように発音が異なる。〈女語〉は、日本語とほとんど同じ言語だ。宇実の母国語と見られる〈ひのもとことば〉は、漢字を使わず、平仮名とカタカナしか持たない言語である。こんなにも複雑で、漢字、カタカナ、ひらがな、三つの文字を使い分ける日本語は、改めて守りたい言語だと感じた。前作『星月夜』では、主人公である台湾出身の日本語教師が日本語の発音などを教える場面があった。日本にいると、日本語を客観的に見る機会があまりなかったのでとても新鮮な感覚だった。作者の李琴峰さんは台湾出身の作家である。だからこそ感じる日本の外側から見る言語の姿があった。

 “ノロ”が女性だけしかなれないというのは、ジェンダーの問題を彷彿とさせる。日本が先進国の中でも女性の政界進出が最低レベルということが問題視されたり、フェミニストという言葉をよく聞くようになったり、ジェンダーの問題を注目するようになったが、〈島〉の女性が中心となっている共同体というのは私にとって固定概念が打破されるものだった。他にも、〈島〉には、父親母親、婚姻制度も家族制度も存在しない。本文中には「そこには理想とされる人間関係があり、理想とされる生活様式があり、理想とされる家族のあり方や生き方があった。しかしそれらの理想は、〈島〉では全く存在しないようだった」とある。理想は個人で異なるとは思うが、学校へ通い、友人を作り、良い仕事につき、結婚をし、子供を産み、幸せな家庭を築く、それが理想とされる生き方だと思ってきた。しかししがらみのない〈島〉の暮らしはいたって平和である。心地の良い暖かな雰囲気さえも感じる。果たして何が理想なのか疑問を持った。男性優位、制度、理想の生き方、今までそれが普通だと思って生活してきたため、現代社会の問題だとは感じつつもいまいち自分の身にしっくりとはこなかった。本作を読んで、私たちの思う理想郷、それは理想と“される”ものでしかないのかもしれないと感じた。

 物語の終盤では、宇実と游娜はノロの試験に合格し、大ノロから血塗られた〈島〉の歴史、〈ニライカナイ〉の正体、宇実は何処からやってきたのか、何故ノロは女性だけしかなれないのか、そして何故似た言語が三つも存在したのかが明らかになる。最後の一ページ、すべてを知った宇実と游娜の二人は日が沈んでいく海を眺めながら未来について語り合う場面が印象的である。共に遠くへ視線を向け、游娜は想像する幸せな未来を、「そうなるって信じるの」と言った。社会問題、文化、変えていかなければならないものに気づきながら、宇実達のように私たちの世代が世界を切り拓いていかなければならない。

<写真コメント:「ご無沙汰しています。渡辺小春です。これからもよろしくお願いします!」>

★渡辺小春(わたなべこはる)=書評アイドル
五歳より芸能活動を始める。二〇一六年アイドル活動を始め、二〇一八年地下アイドルKAJU%pe titapetitを結成。現在「読書人web」で『書評アイドル 渡辺小春が読む芥川賞』連載中。最近の活動として、官公学生服のカンコー委員会、放送中のNHKラジオ第2高校講座「現代文」には生徒役として出演中。二〇〇四年生。
Twitter:@koha_kohha_