料理と利他
著 者:土井善晴,中島岳志 著
出版社:ミシマ社
ISBN13:978-4-909394-45-3 C0095

料理と利他

図書館員のおすすめ本(日本図書館協会)

石川靖子 / 横手市立平鹿図書館
週刊読書人2022年1月28日号(3425号)


 この本は料理研究家の土井善晴氏と政治学者の中島岳志氏によるオンライン対談をまとめたものである。料理番組の中で「まあ,だいたいでええんですよ」と気負わず話す土井氏はTwitterでのつぶやきも楽しい。ふたりを結びつけたのは,中島氏の勤務する大学で始まった「利他プロジェクト」。そこでは,排他主義がはびこり分断が加速する現代の中で,より良い社会を実現するキーワードに利他という視点を掲げ対話を重ねている。

 料理というあたりまえの毎日の営みを社会学として論じているところが,この本の醍醐味。料理の利他は作る人と食べる人の間に生まれると土井氏は言う。季節のものを食し,素材の良さを生かすといった日本の家庭料理の中にある観念が,一汁一菜を唱える土井氏の思想につながっている。

 土井氏が基本だというご飯とみそ汁とつけもん。そこにある美味しさは人間業ではないという言葉に,私は敬愛する杜氏を思い出す。杜氏は酒造りには人の力が及ばない何かがあるんだよと話してくれた。「私たちは稲の種を醸し飲んでいる」と言い,酒蔵から半径5km内で採れた酒米だけをつかって醸された純米酒は地域の宝だ。

 私が好む美味しいものは多くが素材そのもの。秋田の恵みに感謝しかない。地域で育った野菜も果物も米も肉も,私が調理で手を加えることは少しだけ。料理が苦手ということは差し引いても,そのままで十分美味しいのだから仕方ない。いつもよりほんの少し丁寧に洗ったり切ったりすることが,食べる人へ心を寄せること,それが「利他」という自分のためではなく,自分ではないもののために行動することなのだと思う。

 対談の中で土井氏がポテトサラダを作る場面がある。食材を均一に「混ぜる」のではなく「ええ加減に」美味しい瞬間まで「和える」のがいいという。今夜のおかずにつくってみよう。